はじめに
ある記事を読んでいて、抗ガングリオシド抗体が陽性だからと言ってギラン・バレーとは限らず、もっとスマートな推論が可能なケースがあることを学んだ。また、先日ギラン・バレー症候群の血液検査をしてほしいと患者から申し出があった。これを機会にギラン・バレー症候群に対する抗ガングリオシド抗体の検査特性について調べてみようと思う。
抗ガングリオシド抗体についてのまとめ
- すでに臨床の現場では、GBS(Guillain-Barré syndrome:GBS) で自己抗体を測定することはルーチン化しており、GBS の重要な診断マーカーと捉えられている。一方、自己抗体の検査結果に対して誤った解釈がなされ誤診の原因になっていることが少なくない。その病的意義の限界も正確に理解することが臨床医に求められる。1)
- ガングリオシドGM1 およびGQ1b に対するIgG クラスの抗体は、陽性頻度が高く保険適用となっている。わが国ではGM1 IgG 抗体はギラン・バレー症候群の40%程度で検出され、急性運動性軸索型ニューロパチー(acute motor axonal neuropathy:AMAN)/急性運動感覚性軸索型ニューロパチー(acute motor and sensory axonal neuropathy:AMSAN)の臨床病型およびCampylobacter jejuni の先行感染と有意に関連している。4)
- 臨床像との関連に関して、外眼筋麻痺と(GT1a 抗体を伴う)免疫グロブリンG(immunoglobulin G:IgG)型GQ1b 抗体のように、特定の神経所見に特異度の高い抗体(つまり、抗体陽性例ではほぼ例外なく外眼筋麻痺を呈する)と、一定の傾向にとどまる抗体(脱髄型と関連のある抗体など)とがあり、抗体ごとに重要度が異なる点に留意する。1)
- 軸索型GBS では9 割以上の症例で糖脂質抗体が検出され、糖脂質抗体の検査感度は非常に高い。逆にこのことから、急性軸索型ニューロパチーを呈する症例で、糖脂質抗体(GM1抗体だけでなくできるだけ多くの抗体の測定が必要)が検出されなければ、GBS 以外の疾患(サルコイドニューロパチーや血管炎性ニューロパチーなど)を疑う根拠ともなる。1)
- 同様に、フィッシャー症候群が疑われる症例で、本症に非常に感度の高いIgG 型GQ1b 抗体が検出されなければ、脳幹障害やウェルニッケ脳症など他疾患を疑う根拠となる。1)
- 軸索型GBS の大部分の症例でIgG 型糖脂質抗体が検出されるのに対し、脱髄型GBS では糖脂質抗体陰性か弱陽性のことがほとんどで、脱髄型GBS での糖脂質抗体測定の意義はかなり限定的である。1)
- GBS の診断は基本的に病歴・臨床症候に基づいて下されるものである。典型例では病歴と臨床症候のみから診断は可能である。脳脊髄液、電気生理検査、ガングリオシド抗体などの補助検査は、他疾患の除外、診断の確認のために有用性がある。4)
検査特性に関する論文
文献2は小児のギラン・バレー症候群を対象にした試験。イムノブロット法とELISA法の検査特性が検討されている。(n = 50)
これによると、イムノブロット法の感度は56%、特異度は100%、ELISA法の感度は32%、特異度は97%とある。
The sensitivities of immunoblotting and ELISA methods were 56% and 32% and their specificities were 100% and 97%, respectively (p<0.001).
改めて2×2表を作成しなおしてみる。
ELISA法 | 疾患あり | 疾患なし |
検査陽性 | 16 | 1 |
検査陰性 | 34 | 29 |
50 | 30 |
immunoblottingの方は、セルに0を含むので、(勝手に)ウォルフ-ハルデイン補正:Woolf-Haldane Correctionを行う。
イムノブロット法 | 疾患あり | 疾患なし |
検査陽性 | 28.5 | 0.5 |
検査陰性 | 22.5 | 30.5 |
51 | 31 |
これらの数値を基に、陽性尤度比と陰性尤度比を求めると以下のようになる。
陽性尤度比 | 陰性尤度比 | |
ELISA法 | 9.7 | 0.70 |
イムノブロット法 | 34.9 | 0.45 |
文献3はギラン・バレー症候群に対するイムノブロット法(IgG、IgM)の検査特性が検討されている。(n = 66)
この論文によると、IgG -AGAs(AGAs, anti-ganglioside antibodies 抗ガングリオシド抗体)の感度は35%、特異度は87%と報告されている。また、IgG- and IgM-AGAsの感度は42%、特異度は76%とされている。IgMを組み入れるとやや感度が上昇するが、大きく診断精度を改善するには至らないと思う。
これらの数値をもとに、陽性尤度比と陰性尤度比を求めると以下のようになる。
陽性尤度比 | 陰性尤度比 | |
IgG | 2.7 | 0.75 |
IgG and IgM | 1.8 | 0.76 |
一般に、抗ガングリオシド抗体は特異度が高いと思われていると思うが、必ずしもそうでないと思う。関連する臨床像によって標的抗原も異なる。思った以上に専門的な判断が必要だ。単独で陽性だからと言って確定診断できるかと言えばそういうケースばかりではないことが分かる。(仮に事前確率が5%だとすると、陽性尤度比が34.9であっても 事後確率は65%程度なので確定診断には程遠い。)
参考文献
- 古賀道明. ギラン・バレー症候群: 日常診療での自己抗体の意義. Brain and nerve, 2023, 75.7: 807-812.
- Bonyadi MR, Barzegar M, Badalzadeh R, Hashemilar M. Comparison of immunoblotting and ELISA for detection of anti-ganglioside antibodies in children with Guillain-Barre syndrome. Iran J Immunol. 2010 Jun;7(2):117-23.
- Zhu J, Zhang Y, Li R, Lin Y, Fu Y, Yan Y, Zhu W, Wang N, Zhang Z, Xu G. Anti-ganglioside Antibodies in Guillain-Barre Syndrome: A Novel Immunoblotting-Panel Assay. Front Neurol. 2021 Nov 25;12:760889.
- 日本神経学会診療ガイドライン. ギラン・バレー症候群、フィッシャー症候群診療ガイドライン2013. https://www.neurology-jp.org/guidelinem/gbs.html
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