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顎関節症

はじめに

 顎関節症は顎関節だけの問題だと認識していてはいけない。基本概念を知らないと他科の先生だけでなく、患者とも話がかみ合わない可能性もある。また、顎関節症は歯牙の問題、唾液腺炎や外耳炎などの耳鼻科疾患、巨細胞動脈炎などの膠原病、筋疾患などの幅広い分野の疾患とも鑑別が必要だ。治療については病態によってやや専門的なところがある。まずは概念や病態を理解することが必要な疾患だ。顎関節症の基本的なところを復習する。

(顎関節症と中枢性の反射についての勉強は一番最後に)

顎関節症のポイントのまとめ

  • 顎関節症とは、顎の関節とその顎に関連する筋肉(咀嚼筋)の病気です。顎の関節と咀嚼筋の問題が混在しているため、混乱されることも多くなっています。1)
  • 顎関節症の疾患概念:顎関節症は、顎関節や咀嚼筋の疼痛、関節(雑)音、開口障害ないし顎運動異常を主要症候とする障害の包括的診断名である。その病態は咀嚼筋痛障害、顎関節痛障害、顎関節円板障害および変形性顎関節症である(日本顎関節学会)。1)
  • 顎関節の疼痛については、耳・頭蓋顎顔面にも放散することから、頭痛、顔面痛などの慢性疼痛障害の中の口腔顔面痛機能障害のひとつとして位置づけられている。3)
  • 顎関節症の原因は不明ですので、咬み合わせが悪いとか、体のバランスに問題があるとか、いかにも原因治療としている宣伝に安易に惑わされないことを勧めます。1)
  • 発症メ力ニズムは不明なことが多いが日常生活を含めた環境因子・行動因子・宿主因子・時間的因子などの多因子により、個体の耐性を超えた場合に発症するとされている。3)
  • 多因子が関与しているとの説が有力であるが、特に咀嚼筋痛障害に関しては内在性外傷(硬固物の無理な咀嚼、大あくび、睡眠時ブラキシズムなど)による筋炎や、不安や抑うつ持続的緊張により筋痛が生じ、筋痛による開口障害を呈すると考える。さらに、その開口障害の持続により筋が拘縮し、拘縮することで開口時の牽引痛が生じ、痛いからまた開かないという悪循環に陥っているのではないかと考えている。5)
  • 顎関節症の症例分類(日本顎関節学会)1)2)3)
咀嚼筋痛障害(I型):咀嚼筋障害の主な病態は、局所筋痛と筋・筋膜痛である。
顎関節痛障害(II型):顎関節円板障害、変形性顎関節症、内在性外傷などが原因となる。主な病変部位は、滑膜、円板後部組織、関節靱帯、関節包であり、それらの炎症や損傷によって生じる。
顎関節円板障害(III型):顎関節内部に限局した、関節円板の位置異常ならびに形態異常に継発する関節構成体の機能的ないし器質的障害と定義され、顎関節内障と同義。主病変部位は関節円板と滑膜で、関節円板の転位、変性、穿孔、線維化により生じる。顎関節症の各病態の中で最も発症頻度が高く 患者人口の6~7割を占めるといわれている 。 関節円板は前方ないし前内方に転位することがほとんどである。
 a: 復位性:開口時に関節円板が復位する。円板を乗り越えるときにクリック音を自覚。
 b: 非復位性:開口時に関節円板が復位しない。円板を乗り越えられないため開口障害を生じるクローズドロックを自覚する。
変形性顎関節症(IV型):主な病変部位は関節軟骨、関節円板、滑膜、下顎頭、下顎窩である。それらの病理変化は軟骨破壊、肉芽形成、骨吸収、骨添加である。
註1 重複診断を承認する。
註2 顎関節円板障害の大部分は、関節円板の前方転位、前内方転位あるいは前外方転位であるが、内方転位、外方転位、後方転位、開口時の関節円板後方転位などを含む。
註3 間欠ロックは、復位性顎関節円板障害に含める。
  • 日本顎関節学会の診断基準など多くの診断基準では、最初に他の疾患でないこと(除外診断)という鑑別が重要とされています。 →顎関節症の診断基準(日本顎関節学会 1998):顎関節や咀嚼筋等の疼痛・関節(雑)音・開口障害ないし顎運動異常を主要症候とし、類似の症候を呈する疾患を除外したもの。1)
  • (顎関節症として紹介されたが、そうでなかった症例)最も頻度が高いのは智歯周囲炎や歯周炎など歯が原因のケース(20.8%)である(咀噌筋への炎症の波及による開口障害や関連痛などによって生じる痛みの誤認)。次に多いのは顎関節症以外の顎関節疾患(12.3%)である(顎関節脱臼や顎関節炎、滑膜軟骨腫症、骨腫などの腫瘍、原因不明の下顎頭の骨吸収(特発性下顎頭吸収など)など)。次に顎骨疾患(8.5%)と続く(顎骨炎や骨髄炎など)。さらに耳や鼻の炎症、上顎洞炎、耳下腺炎などの痛み、緊張型頭痛、三叉神経痛などが続いている。4)
  • 顎関節症の咀嚼筋痛障害に含まれるのは咬筋、側頭筋、内側翼突筋、外側翼突筋の4筋のほかに、顎二腹筋、胸鎖乳突筋を含んでいる。ここでも痛みの鑑別は自発痛ではなく,機能時痛であるという点である。また、触診により圧痛があるか、それにより痛みが再現されるかなどをチェックする。4)
  • 雑音の有無の判定は3回自力最大開口からの閉口運動を行い1回でも雑音が確認できたら雑音ありとする。 何かを乗り越えるようなはっきりとした「ポキッ」とか「カクッ」という音がクリック音で 復位性顎関節円板前方転位の診断根拠の一つとなる。「ジャリジャリ」とか「ミシミシ」という音がクレピタスで変形性顎関節症の診断根拠となる。2)
  • (日本顎関節学会は)鑑別診断が困難なときには、少なくとも下に示す6つの症状がないかチェックするべきであるとしている。これらは腫瘍や炎症などのときにみられる症状である。①開口障害25mm未満、②顎関節部や咀嚼筋部の腫脹を認める、③神経脱落症状を認める、④発熱を伴う、⑤他関節に症状を伴う、⑥安静時痛を伴う 4)
  • 顎関節症の患者は、痛みがあるときに顎関節部や咀嚼筋部が腫れていると表現することがあるが、実際に腫れていることはない。4)
  • 安静時痛(自発痛)についてはクローズドロックの初期には認められるものの、一般的には顎関節症の痛みは開口や咬合時、咀嚼時など顎関節を動かしたときに起こる機能時痛である。4)
  • 自発痛である場合や、拍動性の痛みである場合や、顎関節やその周囲組織に腫脹などを伴う場合は、顎関節症以外の急性炎症や腫瘍などの疾患を疑い、早急に検査を進める必要がある。4)
  • 顎関節症の基本治療としては、病態説明と疾患教育に始まり、可逆性の保存的治療として理学療法、薬物療法、アプライアンス療法などを主体として、セルフケアも含めて可逆的な治療が行われるべきである。本治療により2週間から1か月程度で症状は改善することが期待される。2)
  • 治療の第一段階として悪咀嚼習慣を是正する生活指導、カウンセリングを行う。Ⅰ型であれば筋マッサージや筋訓練法を指導し、II型であれば疼痛側での咀嚼禁止を指示する。Ⅲ型であれば円板整位運動療法を行う。必要があれば非ステロイド性抗炎症薬の処方を行い、訓練などがしやすい環境を整える。改善しない場合は、スプリント治療を選択する。Ⅰ型で治療効果が得られない場合、経皮的神経電気刺激を併用して鎮痛効果を期待する。開口障害改善のためパンピングマニピュレーションを考慮する。特にⅢ型やⅣ型で治療効果が得られない症例については、外科的治療が適応となる。3)
  • 咀嚼筋痛障害(Ⅰ型)の基本治療 2) →詳細はガイドラインの確認を
    理学療法(咀嚼筋のマッサージ、温罨法、筋伸展訓練)、薬物療法(NSAIDs、アセトアミノフェン)、アプライアンス療法
  • 顎関節痛障害(Ⅱ型)の基本治療 2) →詳細はガイドラインの確認を
    薬物療法、運動療法、アプライアンス療法
  • 顎関節円板障害(Ⅲ型)の基本治療 2) →詳細はガイドラインの確認を
    a 復位性:運動療法(徒手的顎関節授動術、顎関節可動化訓練)、アプライアンス療法
    b 非復位性:薬物療法、運動療法(徒手的顎関節授動術、顎関節可動化訓練)、アプライアンス療法
  • 変形性顎関節症(Ⅳ型)の基本治療 2) →詳細はガイドラインの確認を
    治療は他の病態に対する治療に準ずる。ただ本疾患において自然経過は良好と考えられない場合もあるため漫然とした経過観察に注意する。下顎頭の変形が進行することがあり、それに伴う咬合の問題が生じる場合などで、MRやCT等で経過観察する必要があるので専門医への紹介が望ましい
  • 通常は治療を開始して2、3週間程度で何かしら症状の変化があると思うが、変化がない、悪化している場合は、今までの治療を再評価し、再度診断を見直すという姿勢が大切である。4)
  • 顎関節症では、基本治療により2週間から1か月、長くとも3か月程度の治療で痛みや開口障害などの症状が改善しない場合、MRIによる検査や、より高度な医療連携による処方、また医療連携による専門的対処が必要となることが多い。2)

 最近、顎関節症は全身に不思議な症状を呈する症例に出会った。まさかと思うかもしれないが、そういうケースは存在する。

顎関節症と中枢感作・中枢反射

 顎関節症のアプローチで原因不明の自律神経障害や片麻痺様の症状が改善するケースがある。これは実際に患者の経過を観れば納得できると思う。顎関節症と中枢神経は無縁ではないということは認識しておいていい知識だと思う。

  • 筋原性顎関節症は線維筋痛症や一次性頭痛など、中枢神経系(CNS)の機能障害に関連する慢性一次性疼痛を特徴とする他の障害と重複する特徴を示す可能性がある。おそらく中枢感作化によるものと考えられている。この現象は、感覚刺激と末梢侵害受容器に対する中枢神経系の過剰反応と定義され、脊髄の後角ニューロンの過興奮性を特徴とし、視床脊髄路を通って上行する。6)
  • 咀嚼筋群は、発生学的に鰓弓由来(三叉神経支配)であり、その知覚は直接(脊髄を介することなく)脳神経に入る。そのため、様々な中枢性の反射を起こしやすい。7)

 もしかしたら、長年てこずっている患者の症状を軽減できるかもしれない。不定愁訴、身体症状症として消極的になってしまう前に、一度顎関節の評価をしてみる価値はある。

参考文献

  1. 湯浅 秀道. 顎関節症とは(特徴・分類など). e-ヘルスネット. 厚生労働省https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/teeth/h-05-001.html
  2. 一般社団法人日本顎関節学会. 顎関節症治療の指針2020. https://kokuhoken.net/jstmj/publication/file/guideline/guideline_treatment_tmj_2020.pdf
  3. 吉田秀児, 顎関節症. 日本医事新報 (5092): 47-48, 2021.
  4. 佐藤文明. 1. 鑑別診断からみた顎関節症. 歯界展望 135(1): 86-98, 2020.
  5. 依田哲也. [3] 病態別の基本的な治療法. 歯界展望 135(3): 494-501, 2020.
  6. Ferrillo M, Giudice A, Marotta N, Fortunato F, Di Venere D, Ammendolia A, Fiore P, de Sire A. Pain Management and Rehabilitation for Central Sensitization in Temporomandibular Disorders: A Comprehensive Review. Int J Mol Sci. 2022 Oct 12;23(20):12164. doi: 10.3390/ijms232012164. PMID: 36293017.
  7. 木村裕明, 小林 只, 並木宏文(編集). 解剖・動作・エコーで導くFasciaリリースの基本と臨床 第2版 -ハイドロリリースのすべて-: Fasciaの評価と治療. 文光堂. 東京. 2021.

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