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先天性アンチトロンビンⅢ(ATⅢ)欠損症

はじめに

 アンチトロンビンⅢ(ATⅢ)とヘパリンは複合体を形成して抗凝固作用を示す。したがって、ATⅢの低下があるとヘパリンの効果が期待できない。

 透析患者では極めて重要な問題だ。それほど一般的には行われていないようだが、ATⅢ活性が低い患者に対して、アルガトロバンが使用されることもあるようだ。スロンノンの添付文書には以下のように記載されている。効能又は効果「アンチトロンビンⅢが正常の70%以下に低下し、かつ、ヘパリンナトリウム、ヘパリンカルシウムの使用では体外循環路内の凝血(残血)が改善しないと判断されたもの」(スロンノンHI注の添付文書https://www.info.pmda.go.jp/go/pack/2190408A2026_3_03/

 先天性ATⅢ欠損症について復習してみることにした。

先天性ATⅢ欠損症のポイントのまとめ

  • 日本人における先天性ATⅢ欠損症の発症頻度は、0.18%と推測され、欧米における頻度0.02~0.17%とほぼ同率である。1) →0.18%ということは、556人に1人ということ・・・。
  • 本症は常染色体優性遺伝を示し、ヘテロ接合体で血中のATⅢ活性度は正常の25~50%減少している。2)
  • ホモ接合体の報告はまれで4例ほどあるが、おそらく胎生期に死亡するものと想像される。2)
  • ATⅢはヘパリンの存在下で、活性化第Ⅸ、第X、第Ⅺ因子、およびトロンビンと速やかに結合してこれらを失活させる重要な抗凝固因子。2)
  • ATⅢの凝固抑制作用は血液の抗凝固活性のほぼ70%を担うと考えられる。3)
  • ATⅢ欠損患者の80~90%においては、50~60歳までに血栓症が発症すると報告される。1)
  • 10~35歳(とりわけ14歳以降)に初発することが多く、血栓症の約70%は外傷、手術、妊娠、経口避妊薬の内服など、通常では血栓症発症に至らないような軽微な誘因によって引き起こされると考えられる。1)
  • 先天性ATⅢ欠損症は不均一な疾患であり、そのさまざまな分類が試みられている。概して、免疫学的に測定される抗原量ならびに阻害活性(プロテアーゼ阻害活性およびヘパリン・コファクター活性)の異常により分類され、両者が同等に減少している欠乏症(Type I)と、抗原量は正常であるが阻害活性に異常を認める分子異常症(Type II)とに大別される。1)
  • 本症は20~30歳代に繰り返す原因不明の下肢の静脈血栓症として発症する例が多い。2)
  • 先天性ATⅢ欠乏症は原因不明の静脈血栓症の約2%を占めるといわれ、下肢の静脈血栓症や肺梗塞、ときには本例のごとく脳梗塞を起こす。2)
  • 下肢深部静脈における血栓の発症がもっとも多く、血流が緩徐な脳矢状静脈洞や上腸間膜静脈などにおける発症も報告される。表在性の血栓症は比較的稀である。これらの血栓症の約60%は再発する傾向にあり、肺梗塞の合併が40%に認められる。1)
  • ATⅢ活性が50%前後になると、外傷、手術、妊娠分娩、経口避妊薬服用などを契機に動静脈血栓症、特に下肢深部静脈血栓症や肺塞栓症を発症しやすい。4)
  • 下肢深部静脈血栓症、血栓性静脈炎や、これに伴う肺血栓症を若年期から反復する。動脈性の血栓はきわめてまれ。5)
  • ヘパリンの抗凝固作用は、血中のATⅢレベルに依存するため、ヘパリンを用いた体外循環時に回路内凝固をきたすことも知られる。1)
  • 本症の診断は血中のATⅢレベル(抗原量および活性)の低下によりなされる。1)
  • 診断基準に記載のある「血漿中のAT活性が成人の基準値の下限値未満」を、「AT活性75%以下」と判断することを提案する。5)
  • 患者はヘテロ接合体であり、先天的にアンチロトンビン活性が約50%以下程度に低下している。6)
  • (AT活性測定のポイント)血栓症の急性期には凝固制御因子活性が低下しているため、活性測定は繰り返し行う。5)
  • (AT活性測定のポイント)小児は肝臓が未発達のため、成人に比べて活性値が低下していることを念頭におく。5)
  • (AT活性測定のポイント)家系内に活性低下が観察されることは、診断する際の重要な事項となる。5)
  • ATⅢは重篤な肝機能障害、広範な血栓形成など種々の後天的要因により低下するため、検査結果を評価する上で注意が必要である。また、この欠損は数世代におよぶ家系構成員において確認されることが望ましく、診断の確定には遺伝子異常を明らかにすることが必要と考えられる。1)
  • プロトロンビン時間、活性化部分トロンボプラスチン時間、フィブリノゲン値、フィブリン分解産物(FDP)などの血液凝固・線溶系の検査成績には異常を認めないことが多い。一方、プロトロンビン・フラグメント(F1+2)、D-Dダイマーなどの、いわゆる止血学的分子マーカーが異常値を示すことがある。1)
  • 抗血栓療法には、速やかな抗凝固作用が得られるヘパリンに併せて血栓溶解薬が用いられる。ヘパリンの抗凝固作用は血中のATⅢレベルに依存するため、ATⅢ欠損症においてはヘパリンの十分な抗凝固作用は期待できず、ATⅢ濃縮製剤による補充が必要とされる。
  • 欠損者の生命予後は、非欠損者と比較して有意な差はないとされるが、高率に血栓症を反復し、ときに致死的な血栓塞栓症を発症するため、血栓症の既往のある患者においては経口抗凝固薬あるいは抗血小板薬の投与の継続が必要である。1)
  • ATⅢ濃縮製剤は日常的に補充する必要はないが、外傷、手術、妊娠・分娩など、血栓症発症の誘因が存在する時期においては、補充されるべきと考える。無症状の欠損者に対する長期間におよぶ抗凝固療法は、出血性合併症の危険性を充分考慮した上で実施すべき。1)
  • 急性期では、重症度に応じて抗凝固療法(ヘパリン類、DOAC)、線溶療法、血栓吸引療法などを実施する。必要に応じて補充療法としてAT製剤を使用する。5)
  • 慢性期では、再発予防として抗凝固薬(ワルファリン、DOAC)の長期投与(少なくとも3ヵ月)を行う。5)

透析患者のATⅢ抗原量と活性

 DIC症例などで抗凝固療法としてヘパリンを長期間投与している場合では、ATⅢが消費性に減少することは異論がないだろう。4) 血液透析患者のATⅢはどうか。数時間、数日おきに使用する程度では大きな低下は無いのかもしれないが、長期的には減少していることが観察されているようだ。

  • ATⅢ抗原量及びATⅢ活性は透析期間との比較で共に低下傾向がみられ、特にATⅢ 活性と透析期間の比較では有意な負の相関を認めた。3) (この論文ではr=-0.33であり、例えば10か月でAT3活性は3.3%減るくらいの数値であった。)

 先天性の病態でも、成人発症が多いとなると注意が必要だ。よくわからない血栓症に遭遇した時には想起したい疾患の一つ。

参考文献

  1. 辻肇. 先天性アンチトロンビン III (AT III) 欠損症. 日本血栓止血学会誌, 2001, 12.1: 74-77.
  2. 寺田秀夫. 先天性アンチトロンビンIII欠乏症とは?.  Medical Practice 25(3): 561-562, 2008.
  3. 吉田 克法, 坂 宗久, 金子 佳照, 窪田 一男, 平尾 佳彦, 岡島 英五郎, 石田 正史, 貴宝院 邦彦, 本宮 善二, 維持透析患者におけるAT-III抗原量,AT-III活性,AT-III-ヘパリン示合体形成の経年的変化, 日本腎臓学会誌, 1989, 31 巻, 11 号, p. 1171-1177
  4. Primary Care. アンチトロンビンⅢ(活性). https://primary-care.sysmex.co.jp/speed-search/index.cgi?c=speed_search-2&pk=57
  5. JBスクエア. 今さら聞けない先天性アンチトロンビン欠乏症のあれこれ. https://www.jbpo.or.jp/med/jb_square/cad/contents/01/
  6. 小児慢性特定疾病情報センター. 診断の手引き 先天性アンチトロンビン血症. https://www.shouman.jp/disease/instructions/09_24_050/

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