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卵管留水腫

はじめに

 持続する下腹部痛の女性。画像上は卵管留水腫を認める。下腹部痛の原因となり得るだろうか。卵管留水腫自体、あまり馴染みが無いので一度勉強することにした。

卵管留水腫のポイントのまとめ

  • 一方または両方の卵管に液体が蓄積し、閉塞を引き起こす状態。1)
  • 卵管留水腫とは、術後癒着や子宮内膜症、性感染症(クラミジア感染症)などによって卵管采が閉塞し、浸出液が排出できず卵管内腔に貯留する病態である。5)
  • 最初から卵管水腫として単独で発病することはなく、卵管炎があって初めて起きます。2)
  • 卵管水腫にいたるまでに発熱、下腹痛、膿性の帯下などの頚管炎や子宮内膜炎、卵管炎の症状があったのではないかと推測されます。2)
  • 未治療の感染症が卵管水腫の最も一般的な原因。(原因:過去に未治療の性感染症、骨盤炎症性疾患、骨盤手術、特に卵管の手術で残った瘢痕組織、子宮内膜症、いくつかの腫瘍)1)
  • 治療にもかかわらず急性卵管炎の約4分の1は慢性化するといわれています。慢性化すると、慢性的な骨盤内疼痛、性交痛、不妊症、子宮外妊娠の原因となります。2)
  • 大部分は両側性にみられ、卵管の閉塞は主に卵管采に起こり、そのため子宮卵管造影法(HSG)にて著明な卵管腔の拡張が認められる。3)
  • 卵管水腫が症状を引き起こすことはほとんどない。症状が存在する場合には、次のような症状が含まれる。①生理中または生理直後に悪化する骨盤痛、②変色したり粘着性のあるおりもの。1) →一方で以下のように症状を呈するケースも報告されている。
  • 卵管水腫はいくつかの病因が考えられるが、いずれの卵管水腫も急性腹症を発症する可能性がある。6)
  • 卵管水腫で痛みが生じる場合は局所の炎症、水腫による組織の伸展・圧迫などの可能性も考えられるが、今回の3 例では急性発症で痛みに波があること、有意な炎症所見を認めなかったことから臨床症状は付属器捻転に類似していた。6)
  • 卵管水腫を治療しないと妊娠が困難になり、流産や妊娠合併症のリスクが高まる可能性がある。卵管水腫は性交による妊娠を困難にすることに加えて次のような可能性がある。①異所性(卵管)妊娠のリスクを高める、②体外受精(IVF)によって妊娠する可能性を減らす。1)
  • 卵管内膜炎により、卵管間質部、卵管采の両側において卵管腔が癒着により閉塞すると、卵管上皮よりの滲出液が貯留し卵管嚢胞腫(sactosalpinx)を形成する。卵管嚢胞腫はその内容物の性状より卵管留水症(hydrosalpinx)、卵管留膿症(pyosalpinx)、卵管留血症(hematosalpinx)に分類される。卵管留膿症においては抗生物質投与などの薬物療法と手術療法が一般的になされ、卵管留水症においては主に手術療法が選択される。3)
  • 通常、卵管は超音波検査では見えない。ただし、体液の蓄積により腫れている場合は、通常よりも大きく見える。1)
  • 急性腹症では画像検査も診断の一助となる。卵管捻転の急性期はMRI で卵管留血腫を呈する。これは捻転により流出静脈が閉塞し、卵管内部に出血成分が現れることを反映している。6)
  • 卵管水腫に対する自然療法はない。1)
  • 卵管水腫を治療しないと妊娠の確率が低下し、流産や子宮外妊娠などの合併症のリスクが高まる。1)
  • 近年microsurgeryの導入により卵管留水症においては卵管開口術後の癒着は少なく、疎通性も90%以上の症例で回復し、術後の妊娠率は15~20%といわれている。3)
  • 卵管留水腫を有する症例に対して、体外受精実施前に外科的処置により卵管留水腫を消失させた場合は処置しない場合に比べ、臨床的妊娠率のオッズ比が2.4倍になることや、妊娠継続率のオッズ比が2.2倍になることが、メタアナライシスによって報告されている。4)
  • microsurgeryによる卵管開口術の適応は厳密な基準はなく、各施設の設備、経験あるいは個々の患者の状況に応じ、適応を決めなくてはならないが、40歳以上の者、HSG、腹腔鏡検査で卵管内腔の損傷が高度な場合、卵管壁の肥厚が高度な場合、卵管の閉塞部位が2カ所以上の場合などは術後の妊娠はほとんど期待できず、適応外となろう。3)
  • 卵管留水腫に対する腹腔鏡下卵管切除術を施行しても、短期の予後の評価ではあるが有意な卵巣予備能低下は認めなかった。5)

 一般的には症状を呈さない疾患。ただ、留水腫を起こすきっかけとなった急性炎症などの病態は症状を呈してもおかしくない。組織の急激な伸展・圧迫・捻転などがあれば水腫自体も症状を呈しうるだろう。アンコモンな病気を疑うのと同時に、コモンな病気のアンコモンな症状を想起する必要がある。骨盤周囲の不思議な症状を診たときには、婦人科系、泌尿器系、筋骨格系、神経系、消化器系、精神科系など、幅広く鑑別疾患を考える必要があり、総合診療医の腕が試される。

参考文献

  1. Cleveland Clinic. Hydrosalpinx. https://my.clevelandclinic.org/health/diseases/24437-hydrosalpinx
  2. 徳島県医師会. 卵管水腫. https://www.tokushima.med.or.jp/kenmin/doctorcolumn/hc/745-217
  3. 池田正典, 野田起一郎. 卵管留膿症・卵管留水症. 産科と婦人科 57(suppl): 512-513, 1990.
  4. 前山朝子, 前山哲朗, 稲嶺真紀子, 近藤麻奈美, 小野史子, 水野理恵, 池田桂子, 井上大地, 服部幸雄, 羽柴良樹, 浅田義正. 片側対両側の卵管留水腫への対応 ~融解胚移植直前に卵管留水腫穿刺吸引した182症例の累積妊娠率から~. 日本受精着床学会雑誌 37(1): 19-23, 2020.
  5. 穀内香奈, 奥田喜代司, 中村奈津穂, 田中理恵, 恒遠啓示, 林正美, 寺井義人, 大道正英. 卵管留水腫に対する腹腔鏡下卵管切除術前後の卵巣機能と術後妊娠率. 産婦人科の進歩 71(2): 67-73, 2019.
  6. 田中綾子, et al. 急性腹症となった卵管水腫の 3 例: 異なる原因と卵管捻転. 静岡産科婦人科学会雑誌, 2019, 8.1: 87-94.

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